死んだ一日

生きているのが分からないというのに何で死んだ一日などと、ほざくのだろうか。

『死んだ一日』でいいじゃないか。

生きていることが分からない人生なら死んでいることも分かりもしない。

分かりもしないのなら『死んだ一日』と言われようが何の不思議を思うのだろか。りつ子さんもみつ子さんも死んだ。何が生きている自分だと言い張れるのか、チャンチャラ可笑しい。

生きているって言ったって自分で言っているだけジャン。アタシ馬鹿じゃない利口だもんて言ってる可愛い子と同じジャン。

生きている明しが立てられないから死んだ一日だと言っているんですがね。といって私ゾンビだと言ってるんじゃないですよ。

ゾンビって何だか知りませんからゾンビではないと言い切れもしませんがね。

いま息をしていて、息をしていると思っていますが、だからってホラこれは生きている証明だろ、何て言っても、昔汽車ポッポだって息をしていて生きていたんだろうか。

そう思えてきたら自動車だって走って生きていると思えてきました。蛙のように飛んで跳ねて飛行機だって躍動している、頭上を勢いよく飛んでいる。鳩とカラスと同じじゃないか。

みんな生きている。命なんてモノなしで飛んでいる。飛んでいるモノはスズメでもメジロでも命なしで、命投げうって飛んでいる。

命投げうって飛んでいるって命知らずだ。命知らずは見ていて怖い。命知らずは見ていてすごい。

私もそんな命知らずに、なれるモノならなりたい。

命知らずになって首輪をつけられて朝には散歩に引きヅラれて野ぐ素をして、見ていた人にはひと声脅してやって、威張って威嚇して威張って痛い。

そして何事もなく死んでいきたい。

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