言葉に囚われていたころの私を振り返り書きます。
「 初めに言(ことば)があった。言(ことば)は神と共にあった。言(ことば)は神であった。」――ヨハネによる福音書1章1説(新共同訳)
『初めに言葉があった』というのは、言葉を獲得することによって獣から人間に成った、という言われ方だと思います。
毛虫が蛹から脱皮して空を飛ぶ蝶々になった。といったことと似ていて、ある朝蝶々が露草にぶら下がっていて、気がつけば「初めに羽があった、羽は風と共にあった、羽が空へと身体を導いた。」となって、蝶々は毛虫や蛹であった時とは違った立場になっていて、今は空を飛ぶことができるといった言われ方です。
物事に気が付く以前は言葉に出来ません。蝶々だと気が付いた時点でいきなり「初めに羽があった」となって、その「羽」を『言葉』に置き換えますと『初めに言葉があった』となります。
私自身というものを自覚したのは十代のころです。自分はどこに存在しているか、などと思う陰湿な輩でした。
それはこの世だとなって、私はこの世に存在している。見えている世界はこの世で、見えない分からない世界はあの世だなどと、どっかから知りました。
この世やあの世は立証できません。『この世』、『あの世』は人が知識を寄せ集めて作った、お化けのような想像の産物だと思います。
お化けのような産物と言いますのは、言葉は『ネズミ叩き』のネズミのようなものです。見つけたネズミの頭を叩いたかと思えば隣の穴から顔を出している。
「いるようで居ない、居ないようでいる」聞いた傍から消えていく、現状や現物とは程遠い、人間が作った言葉は『絵に描いた餅』です。
ヌルヌルとぬめり回る泥鰌のような具合で、掴み方、捉え方をわきまえないと「餅」なのか「泥鰌」なのか、はたまた「ネズミ叩き」なのか、分かったようで分からない、分からないようでも分かる、帯に短し襷に流しといった具合で心に響く言葉はあっても、的を得た言葉は見当たらない。
理屈道理に話をしたかと言っても心に響かない。意思疎通の叶わない〝我〞に包まれた状況になります。
理屈と言いましてもその理屈は上下も東西南北も、硬い柔らかい強い弱い早い遅いもみな作りごと、日常を便利にするために物事を分けて砕いて欠片にして、名前を付けて集積した知識です。その理屈を駆使して話しても理解されない道理です。
「言葉の生い立ち」など分かるわけもない私ですが、無謀にも立ち入りました。
「生」の反対は「死」という言葉の裏腹です。
言葉を都合の良いように利用して、寒い暑い、硬い柔らかいなど、それらが実在するかのように共有して言葉にしている社会です。
その言葉に囚われて瞬時に反応できて言葉の理解になります。
囚われて言葉の習得になるという言葉の性質ですから、どこまで掘り下げても囚われの〝我〞という状態を免れません。
日常生活は、言葉に囚われて暮らす、「常識」暮らしです
互いの人が団扇を持ち寄って世間を仰ぎ立て、風を巻き起こして出来る竜巻のような現象の「常識」です。
もともと何もないところに団扇で仰ぎたて「寒い、暑い」とか言う言葉を成り立たせています。仰ぎ立てられ巻き上がっている常識、そこは社会で言われるところの砂上の楼閣暮らしです。
といって言葉に囚われなければ言葉の理解になりません。言葉に囚われたままですと心に響く言葉は聞こえません。
心に響く言葉に巡り会い、自分を信じられる思いに包まれ喜びにあふれ、自信というものが腹に備わった思いでした。

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